虎斑のこと2                                           2014/8/27

斑についてもう少し触れます。ブナ科のナラの斑は古くから装飾な位置づけで珍重されてきました。北海道のナラは、明治以前から西欧では人気があったと言われます。特に斑の綺麗な材は、小樽オークと言われ、高級な家具や棺の鏡板に使われ、高い評価を受けています。現在でもその昔輸入した材を、大切に利用している人がいると聞きます。主要な生産地であった北海道のナラ材は、全く枯渇し、中国、ロシア、その他外国から輸入されて居ます。日本は古代から、木の香りのする、浮く宝(緑豊かな)の国とも言われてきました。此の宝を大切に、植林しながらモノ作りを目指すべきです。

平成7年オープン直前の「豊田市美術館」で所蔵品のライトの椅子を見せてもらい、私は驚きました。それは「ウォレン・ヒッコクス邸」のためにデザインしたという背の高い椅子でした。オーク材を使った此の椅子は、正面から見たときに、すべてのパーツ材に虎斑(又は銀斑)が入っているのです。材の繊維方向に交錯するように、斑の文様が美しく走っていました。全てのパーツに虎斑を表わすことは、材に対する造詣の深さと対応する技術力が不可欠です。原木の年輪に対し直角に挽割る、いわゆる柾目取りに挽割る事が基本です。それ以来ライトの事を、興味を持ちました。建築の太い梁や家具の写真の中に虎斑があるとほっとした嬉しい思いがします。我々は無機質な生活空間に、慣れ親しみ過ぎて居るのではないかとふと思います。ライトが愛し執着した、虎斑や樹木の持つ個性豊かな魅力を共に享受できる事を期待します。

トラフイラスト 1ミシン2

 

計り知れない物語を背負った椅子1

                   2014/08/17

最近、家具の修復や復元を依頼されることが多々あます。歴史上の人々とその舞台に存在した家具や、家庭で日常使われている、生活の道具としての家具です。存在してきた歴史と物語の中に、デザインの趣向、製作技術、素材、使った人とそれを受け継ぐ人、その時代背景に思いを巡らせながら、関われることは、実に楽しいことです。

 

金沢家の大切にしている椅子1  虎斑(とらふ)のこと1

此の椅子は金沢家の奥さんの祖父松下兼冶氏が愛用していた椅子です。松下氏は鹿児島の出身で、肝付家(幕末の島津家を支えた小松帯刀の家系)の長男でしたが家督は継がず、医者を志し名古屋大学の医学部で学んだそうです。後に代々医者の家系である、静岡の松下家に養子に入った頃に、愛用していた椅子であると奥さんは、子供のころ父親から聞かされていたそうです。今回の修理により、此の椅子の生い立ちや歴史、素材の使い方、技術、造形的な思いが、時代背景とともに推測されます。

トラフチェア全体b

金沢さんが大切にしている椅子

チェア上部と説明

 

 

 

 

 

 

 

 

何時ごろ製作されたか推測の域を出ませんが、表皮材や充填物、表皮材を止める釘、コイルスプリングを受け止める、力布などから推測するに、明治中ごろ製作されたのではと推測されます。

此の椅子はナラ材で作られています。椅子の笠木は、繊維方向を横切るよう美しい斑が散りばめられて、シンメトリーに左右にそり上がっている笠木の意匠は明治初期から戦前までよく使われた意匠です。

1949年ころ小田急ハルクの野口さんが、ナラの虎斑を全面にあしらった家具の展示会「野口展」を開催したことが在りました。丸太を選別し、斑を表す製材加工まで、深くかかわらせてもらい、原木丸太の状態のとき、家具材としての木味を洞察し、用途に応じた製材をすることは、モノを作る以前の醍醐味でした。

 

次世代に期待を込めて

2014/08/07

学校の腰掛け以外、椅子を見たことのない少年が、中学を卒業と同時に、縁あって斎藤巳之三郎という椅子張りの親方の下に弟子入りしました。あれから60年余り、未だに椅子づくりに関わっています。
この60年間、椅子を取り巻く環境は、めまぐるしく、大きく変化してきました。

富戸港

 

1974(昭和49)年ころからの家具材料の変化は、新しいデザイン、それに伴う技術と道具の変化する時代でもありました。78年2月インターデコール、4月アルフレックス、6月利根森林(B&Bのライセンス生産をしていた会社)、84年大沢商会の倒産、それに伴い取引先であるわが社も、経済的なリスクに15年余り翻弄されました。

2000年代は、デフレスパイラルという得体のしれない怪物におびえた時代でした。仕事さえできれば何とかなると言う、単純な思考では成り立たなくなる事を感じた時代でもありました。それに対応しなければと自分に言い聞かせ、今日まで何とか切り抜けて来ました。モノを作るという現実的な楽しさと多くの人に支えられ、幸運にも一般的には得られない、多くの経験をさせて貰いました。

過去から未来へ、変化する価値観の橋渡しの一助として、私の経験を次世代に伝えたいと、いま強く思っています。1988年から雑誌「室内」(工作社)に、家具の材料や椅子にまつわる話を連載した時代がありました。当時の問題点、反省点も含め、改めて整理したいと考えています。

特に家具材としての木材の世界は、全く様相も変わり、当時の家具材の有りようが懐かしく、現状を思うとどこか心寂しい心持ちがします。坐り心地についても、相変わらず人間工学に寄りかかり、商売熱心で断定的な理論も聞きますが、確たるモノに出会った記憶がありません。90年代頃から、インテリア業界も環境に優しいモノつくりが、真剣に論じられるようになってきました。これからのモノつくりは、環境問題とどのように向き合うか、大切な課題になると考えています。答えはすぐに出ないことばかりです。けれども、考え続けていくことが大事だと思っています。